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yashigani?.days

週刊少年ジャンプについてだらだら書きます

てんとまる

IMO

Twitterやめたら、インターネットに発信する機会がなくなってさみしいので久しぶりにブログを書くことにした。ちなみに、やめたというのは読んだり投稿したりするのをやめただけで、セルフブランディングを大きく毀損するのでアカウントは残していて、アカウントを削除して黒歴史を封印!みたいな根性めいたものではない。

5、6年前くらいから自分の書く文章では特に縛りがない限り句読点にカンマとピリオドを使っていた。たしかMacを買ったのがきっかけだったとおもう。なぜカンマとピリオドを使っていたかというと、シュッとしていてかっこいいからで、それ以上もそれ以下の理由もなかった。 Macでカンマとピリオドを使うのは簡単で、ことえりなりIMEの設定を変えればよい。しかし、問題なのはiPhoneで、iPhoneはそういう痒いところに手が届く設定が存在しないので、毎度変換するという苦行とポリシーを選ぶかポリシーを棄てるかという選択を迫られる。そこで私がどうしていたかというと、シュッとしているからという理由でカンマとピリオドを使う人間である。当然のごとくポリシーを貫くことを選び、甘んじて苦行を受け入れていた。インスタントメッセージでさえ、句読点を打つたびに変換する。渋さというのはこういったたゆまぬ努力から生まれるものだと自分に言い聞かせていた。

しかし、数週間前にこのポリシーにまったく意味がないことに気づいた。気づきは本当に急におとずれ、カンマとピリオドに変換する作業がまったくばかばかしくおもえてしかたなくなった。あまりにばかばかしいので、一度やめてみるとどうだろう。今まで息の詰まっていたような感覚からスーッとなくなった。これはすごい!とあまりに感動し、気付いたらMacの設定も変えカンマとピリオドをやめてしまった自分がいた。

この話にとくにオチはなくて、ただの日記なんだが、そういうなんかやめにくい習慣や決めごとってよくあるとおもう。やめてみるのはすごく簡単なのでちょっと距離を置いてみるっていうのもよいのかもしれない。冒頭に戻るけど、そういうおもいでTwitterをやめた。やめるのは簡単でiPhoneからクライアントを消すだけで完了した。もともとかじりついていたようなものでも無いので、通勤電車が少し手持ち無沙汰になるだけだった。