yashiganiの英傑になるまで死ねない日記

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UI変更バトルに勝利するための方法考えた

UI変更批判バトルと複数のバージョンのウェブサービスを同時に配信することについて - hitode909の日記

を読んで,同じようなこと前から考えていて昨日ひょんなことからブレイクスルーがあったので共有します.

ウェブサービス,UI変えると,改悪とか,元に戻してとか,そういう意見が出る.

ウェブサービスだけじゃなくてアプリでも同じような問題抱えていて,アプリの場合はストアの評価システムみたいなのがあって,そこにこういう意見が書かれまくる. アプリの場合はウェブサービスと違って,ユーザの選択でアップデートしないとかもできるので,余計に状況が悪くて「こんなことならアプデしなけりゃよかった」とかも平気で言われる. 実際iOS 7が出たときに担当しているアプリで同じようなこと経験したことがあって,iOS 7のあたらしくなったiPhoneにいつも使っているアプリが完全に対応したら最高のユーザ体験だろうと思ってUIを変更したら「UI変えんな!」みたいなこと言われまくった.

そういう問題を解決するためにUXみたいな分野があって,そのひとつにHCDがある. HCDでは,以下のようなサイクルを中心にUXを向上させていく.

  1. 観察
  2. 理解
  3. 設計
  4. 評価

これでいう評価にあたるのがABテストだったり,ユーザアンケートだったりインタビューだったりする. 小さな変更の場合はそういう試みで問題無いんだろうけど,アプリのリニューアルみたいな大きな変更の場合,コストが異様に高くなってしまって,HCDのプロセスをまわすとかとてもじゃないけどできないと思う. そもそも,「UIを大きく変えるということ」自体がユーザに対して苦労をかけるので,UXデザインにとって最大のアンチパターンだ!みたいな問題になりかねない.

自分の知っているUXデザインの分野がHCDだけだったからHCDをとりあげたけど,根本的なことは変わらないと思っている. 最初にあげたエントリのブコメに「ABテストしろよ」とか「ユーザアンケートしろよ」みたいなコメントあったけど,そういうのでかいUI変更をやったことない人間にしか言えないと思う. どこを目立たせるとクリック率がn%上がったとかはそれで改善できるけど,根本的なUIの変更には使えないことのほうが多い.

結局観察・評価を中心に据えるUXデザインは早く小さな失敗を重ねることに重きを置いているので,大きな変更に対する銀の弾丸になりえない. 大きな変更にはスティーブ・ジョブズやジョナサン・アイブみたいな天才が必要で,ユーザに疑問を抱かせないようにするとか大多数のユーザから外れすぎないデザインが求められていて,リリースしてしまったものについては,「これが至高である」みたいな態度をしつつ,絶対に先祖返りさせることなく真摯にユーザの声を聞いていくしかないというのが,UI変更バトルに対する自分なりの答えだった.

突然がらっと話は変わるけど,昨日おもしろい話を聞いた. アメリカでは多くの法律が期限つきで制定されるらしい. これすごいよくて,ルールってのは一度決まると変えようとする力が働かなくて,変えるには決めたときの倍くらいのパワーが必要になるってこと往々にある. けど,最初に期限を決めておくと必要なものについては見直したり改善するし,いらないなら自動的に効力なくなるし,最高だと思う.

日本でも「離婚後300日以内に産まれた子どもは前夫の子どもとする」みたいな非現代的な法律があって,このクソみたいにルールで困ってる人がいるという話を聞くことがある. 作った当時はよかったけど,その後の状況にあってないといういい例だと思う. それに,新しい法律決めるときに,未来永劫その法律が正しいか判断するの異様に難しいように感じる. 人を殺してはいけない,みたいなのだと100年先も根本は変わらないだろうけど,科学の進歩とか文化の変化に影響される法律を100年先も正しいか考えるのと3年後とか5年後に正しいか判断するのでは難度が全然違う. 法律は不変だってイメージあるけど,変えるって前提で作るのすごくいいアイディアだと思う.

UIも法律と似たような性質あると思う. そこで,UIについても期限つき法律みたいに不変ではないという世界観作っていくといいんじゃないだろうか. そもそもUIの変更に対する不満は「UIは不変である」みたいな前提からはじまっているように感じる. けど冷静に考えて,100年先もUIの変わらないソフトウェア使いたい人この世にいないと思う. 実際,10年前くらいからUIが変化してないソフトウェアはほとんどないと思う. 「UIというものは様々な都合で変化するものである」という世界観であれば,UIの変更を学習するためのコストはそのサービスを使ううえでのコストであって,改悪だとかそういう発想にならない.

車にも似たようなな世界観あって,数年でモデルチェンジすることが定例になっている. 見ために対して賛否はあるんだろうけど,車って本質は変わらないので大きな反発は無く受け入れられているように見える. サービスやアプリも同じで,見ための善し悪しはあっても,本質は変わらないはずなので,車のように受け入れられると思う. いずれ変わるものって決まっているなら,提供側も事前に変更のアイディアを見せるとか移行期間を設けるとかやりやすいし,もっと提供者にとってもユーザにとってもよくなる.

UIはビジネスの都合やトレンドの変化,環境の変化に影響されて,常に変化するものだという世界観になるのひとつの解答だと思う. もし自分の使っているサービスのUIが変わったとき,「改悪だ!」とか「元に戻せ」みたいなこと言うのはなんの生産性も無い恥ずべき行為で,必要なのは建設的な意見で開発とかユーザとかそういうの関係なく,ソフトウェアに関わる人全員でサービスを良くしていこうという文化を育てていきたいと思った.

今回とりあえずUXデザインからHCDについて取り上げてみたけど,こういう分野のやりかたなら解決できるっての知ってる人いたら教えてほしい.